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ぴっちょ@クズ野郎

Author:ぴっちょ@クズ野郎

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夢でもいいから 嘘でもいいから

どうぞふりむいて どうぞ気がついて

あの人におくる愛に比べたら
ほんの捨てるほどの愛でいいから


文字通りひとりきりで誕生日を過ごしたのが学部1年の時以来だったのと、身体のリズムのせいで(笑)体調悪いのと、そのせいで情緒が安定していないのとで、なんか色々考える日だったわ。
家族はそりゃあ何も言わなくたって家族だから誕生日覚えててくれて連絡もくれたけど、そうじゃないのにわたしの誕生日わざわざ覚えていてくれて、その上「おめでとう」って言ってくれる友達がわたしにもいてくれるんだなあって思って、それは純粋にすごく嬉しかったのです。
わたしが大切に思っている人がわたしにも同じように関心を持っていてくれているんだなっていう嬉しさだし、安心感なんだけどね。
そろそろ年を重ねることが嬉しくなくなるお年頃だけど、誕生日を祝いたいとか祝って欲しいって思う気持ちはそういうところに起因しているのかもなと思いました。
以前、わたしが大切に思っていたとある人に対して誕生日くらい覚えていて欲しかったなって思ったことがあったんだけど、きっとあれも今になって思えば「わたしにもうちょっと関心持ってよ」って言いたかったんだ、本当は。
今更気づくなんてばかだなあ。しかもそれに気づいたからといって今更言えるわけないし、当時も言えなかったと思うんだけどな。
わかることとできることは違うんだよ。それと、できなかったことは後から振り返るとやらなかったことになるんだ。
うん、まあ、誕生日には嬉しい思い出も苦い思い出もいろいろあるということです。
昔みたいに、純粋にどちらかの感情に振り切れることなくなったなあ。昔は気づけていなかっただけかもしれないけど、最近はいつもアンビバレントな感情が裏表になっていて、ひとつの出来事に対していろいろな感情を経験しているなってすごく思う。
これが年を重ねるということなのか・・・?うーん、単に大学院に入学してからそういうことに考えが及ぶようになっただけかもしれないし、分からないな(笑)

さて、誕生日はともかく、3月に入ってしまったので来年度に向けていろいろとやらんくちゃなるまい。
英語論文読むの嫌すぎて後回しにしてきてしまったのだけど、いい加減英語読まなきゃだなあ。うああ。
4月以降学会とか研修会で新潟市に行く予定がすでに何個か入っちゃったから、お金も貯めないといけない。がんばる。

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甘酒おいしいわ

甘酒って「飲む点滴」とか言われているらしくって、こんなにおいしくて健康に良いなら毎日でも飲めてしまうわ。
市販の甘ったるい甘酒より、自分で酒粕溶かして作る甘酒の方が優しい甘さで好きです。

そういえば新年ですね。あけましておめでとうございました。
年末年始にパソコンを新しくしたのです。父のお下がりだけど、前まで使ってたノートパソコンよりはるかに性能がいいのだわ。
VAIOだし、タブレットにもなるし、さくさく動くし、これで修論も安心だわ。

2017年の目標は就職先を決めることに尽きる気がするけど(笑)、院生生活もいよいよ佳境になってくるし、相談室のケース業務や修論も本腰入れて取り組まないと。
初めて担当するケースも始まって、今まで頭に入れてきたと思っていたことを実践するってこんなにも難しいことなのかと痛感しています。相手があることだからプレッシャーに弱いわたしの体が毎回悲鳴を上げるわけですが、それでもこんなに未熟なセラピスト相手でも何かを託して来てくださる方がいる以上、わたしも誠意と努力で返さないとですね。
就職は、うーん、自分でも何をしたいのかとかどこに行けばわたしのしたいことができるのかとかまだはっきりしていないところもあって、どうするかなーという感じです。調べろよって話だけど(笑)
でも、長野に帰りたい、心理的援助の職に就きたい、子どもや教育に関わる業務がしたい、というのはあるので、それを実現できる場所をちゃんと考えなきゃなあ。がんばる。
いろんな人の話を聞いていて、就職に関して自分以外の人の都合を考えなくても良いのはわたしの強みかなと思ってしまう(笑)
ひとりで生きていけるようになるために就職する、というのが今の目標です。うん。

大学院にいる間は合唱から離れるって決めているんだけど、ゼミの同期に院生生活やりながら音楽を続けている子がいて、その子と話しているとああー合唱したいかもしれないー、と思う。
わたし一度にたくさんのことこなせるほど器用ではないし、合唱に戻ったら戻ったで院生生活とは別の悩みが増えるのだろうし、言ってるだけでたぶん戻らないけど。うーん、仕事が決まってその生活が身についたら、隙間の時間で合唱できたらなって思います。
でも、仕事のために合唱やめなきゃいけない状況になったらわたしはきっと何の躊躇いもなく合唱から離れるんだろうなと思っていて、10年も続けていたのになーって自分の薄情さに何となく落ち込んだりしつつ、対人援助職を志す者としてはその方が良いんだろうなって安心した面もあり、複雑な感じだったんだけど。
そんなことを考えていて、合唱っていうのはそうは言っても手段であって、歌うたいでいられるならわたしはきっとどこでもいいんだろうなって気づいたら、合唱から離れつつある自分の気持ちもそんなに卑下しなくていいかもしれないって思ったりしたわけですわ。
手段は何でも良いけど、歌うことで生きている実感を味わいたいというのはわりと切実な感情かもしれない。
悲しくて苦しくて立ち止まって、それでも前へ進もうともがいて生きようとする歌との親和性が高いんだと思うんだな。あと命をかけて歌っている姿が好き。たぶん。
言っていたらみゆきさんのお歌を歌い続けるカラオケしたくなってきたわ。時間ができたら行こう。

どうでもいいけど雪すごい。
いくら国道はちゃんと除雪しているといっても、やっぱり豪雪地帯を通って大学と実家の行き帰りするのは怖いわね。
しかし今住んでいるあたりは雪に慣れてるから雪降ってもすぐに除雪してくれるって聞いていたのだけど、金曜日の夜に長野に向けて運転してたときはいきなりの大雪だったので、県道あたりは全然除雪追いついてなくてキレそうでしたわ。
もう猛吹雪の夜には絶対運転したくない(笑)

頼れるものは どこにある


この世見据えて笑うほど 冷たい悟りもまだ持てず
この世望んで 走るほど 心の荷物は軽くない


修論の構想発表が終わってからというもの、なんか常に忙しくしているような気がするけど、実際のところポケモンばっかりやっているから言うほど忙しくない。クズだわ~
まあでも学童保育のバイトに行きだしたというのもあるし、他にもやることが増えたりとかもあって、なんか院生っぽい(あるいは院畜っぽい)生活にはなってるかも。子どもに駈けずり回されてただ疲れるだけのバイトなら楽だけど、心理を学ぶ者として子どもたちのアセスメントをしたりそれを実践したりということを求められているんだなーと思うとお腹のあたりがキュッとするわけです。いや、普段は本当に子どもに駈けずり回されているだけなんだけど(笑)
だけど、その普段の中からいかに子どもを解釈するかというのがやっぱり能力不足だなあといつも感じています。目の前の子どもに対して持っている知識をうまく落とし込むこともできないし(その程度の理解だったということだけど)、勘というかセンスも良くないほうだし。行きだして日が浅いのもまだあるんだろうけど、実際にもう子どもたちと関わっている以上そこに甘んじていてはいけないと思うので、修行のつもりで頑張る。

ポケモンもやってますよー。
ムーンだけならいざ知らず、ムーンやってたらどうしてもXをやりたくなって3回目のストーリー攻略をしてしまったし、そうしたら今度はオメガルビーもやりたくなってきたし、こうなったら沼から抜け出せないよねえ。
去年も院試直後あたりにポケモンやりまくってた期間あったなあ。きっとストレスかかるとポケモンの再プレイを始めてしまう病気なんでしょうね。
とりあえず今はムーンのアローラ図鑑だけでもコンプしたくて、ちまちま捕獲してます。あとフェスサークルに入り浸ってます。
ポケモンSMだとモクローちゃんとかリーリエちゃんとかが人気だけど、いやわたしも好きだけど、ハプウちゃん好きっていうのはこれマイナーな嗜好なのだろうか…。幼いながらに重いもの背負っててやたら達観しているロリババア大好物だし、加えてハプウちゃんさまは見た目がどストライク(笑)
グラジオくんは、手持ちポケモンからにじみ出るシルバー(ポケスペ)感が好きです。ふたりはきっとお友達になれる。
Xもプレイしているのだけど、Xはヨーロッパっぽいグラフィックが好きなんですよね。あとプラターヌ博士ね。
Xは3回目のプレイなんですが、ストーリー攻略しているときは毎回すごく感動しながらプレイするけど少し時間が経つと「結局何だったっけ?」みたいになっちゃうのが惜しくて。きっとポケスペでXY編を読んでいないのと、XYは普通にストーリー難しかったからだと思うのだけど。
XYはちょっと大人びた雰囲気があるのもいいよねえ。きせかえも可愛いし。

ポケモンやるために家に帰ってる感じになってるから、ほんと、一回家に帰ったら引きこもりになっちゃうよねー。
まあ、ポケモンやってなくたって手芸したりゴロゴロしてたりしてるから結局引きこもりだけど。
自分の内側にばかりエネルギー使うからいざ外にエネルギーを向けようとするとすぐ疲れるんだなあって思うけど、まあこれはこれでわたしだしなーとも思うから、良いところ悪いところ考えながら自分とお付き合いしていきたい。よね。
何考えてるか分かんない、とは思われてるだろうけど、他人を巻き込んだりとかはしていないのだから、いいじゃない。

レポートとゼミ発表と初めての担当ケースがどばっとやってきたせいで最近寝不足だし肌も荒れ放題だし口内炎もひどい。
ストレスが全部身体症状になって出てくるだけで、心は意外とタフっていうのが唯一の取り柄なので、ひとりきりで家に引きこもることである程度は消化できてしまうのが良いところでもあるし、悪いところだよなあ。
もう少し弱ければもっと抵抗なく誰かに縋れたかしらとか、逆にもう少し強ければもっとうまく人間関係渡り歩けたかしらとか、いろんなこと考えます。わたしは中途半端に強くて弱くて、きっと自分を守ることが何よりも大事だから、こんな風に足元の定まらない感じでいるんだなあとか思ってね。
でもきっと誰もが大なり小なり自分の中の弱さ強さを持て余して、いろんなこと考えて、いろんなことしているのだろうから、他人のそういう、なんていうか、心の襞みたいなものを感じ取れるような人間になりたいなと思うのです。

ひと足の途絶えだした公園通り

今ごろ どうしておいでだろうか
今夜は 煙草が目に染みる


行動に意味や意義を見出すことなんか後からいくらでもできるけど、行動を起こしたそのきっかけは割と大したことなかったんだよなあ、というようなことをふと思いまして。
それでも、人が聴いたら「馬鹿だな」と一笑に付されてしまうような理由でも、その時の自分にとってはすごく大きなことだったというのも事実だから、なんていうか、あんまり自分のその行動を否定したくはないのです。

そんな感じで、みゆきさんの「涙‐Made in tears‐」を歌いたいなーくらいの軽いノリで煙草を吸い始めて以来、ずるずるとライトスモーカーを続けています。あ、でも大学院修了して長野に帰る頃にはやめている予定です。笑
わたしが産まれるからという理由で煙草をやめた両親にわたしがスモーカーだって知られるのは気がひけるというか、申し訳ないというか、まあそんなん。
歌うたいのくせに煙草吸うのはなって思わないでもないけど、少なくとも大学院にいる間は合唱から離れるつもりだし、それから先あの世界に戻るかどうかも分からないし、まあ良いかってなものですよ。高校の時の班活の顧問だって吸ってるし。笑
それに、ストレス対処法として煙草を選んだわたし、を考え始めると自分のことながら色々と解釈ができて、自分の弱さや狡さに直面する機会でもあったのかなと思っています。それを許す許さないはともかく、意識に上らせられたというのがまずひとつ大きな意義ではある。だからといってドクズであることに変わりはないけど、そこはまた別の問題だから。
だけど、わたし元喘息持ちだし、歌うたいでいたい気持ちも今はまだあるし、やっぱり体にはあんまり良くないので今以上の喫煙量にならないように気をつけます。
まあ、体に良くないのはアルコールも一緒か。両方嗜好品の域を超えたらだめだよね、うん。


勉強をすればするほど、色々な機会で「対人援助職に就こうとするわたし」を考えるほど、技術や知識よりももっと根本の人間的な素質の時点で自分が対人援助職に向いてないんじゃないかって考えることが多くなるわけです。で、自分のダメなところを見つけてしまうのはとても嫌なことだから、色々と投げ出したくなるんですわ。
それでも対人援助職に就きたい気持ちはやっぱり揺るがなくて、自分のダメなところをできない理由にしたくはないなあと考えられるようになったから、ようやく大学院での勉強のスタートラインに立てたかなという感じ。
最近流行りのアドラーは「劣等感を先鋭化させることで特異な優越感に浸ろうとするパターンがある」と言っていて、要するに不幸であることによって「特別」であろうとするってことらしいんだけど、そうやってできないことや手に入らなかったものを振りかざしていればその先へ踏み出さなくても良くて楽だからついその方向へ流れたくなるというのは、とても納得できることだなあと思います。
それでもそこに甘んじていては到達できない場所があって、わたしにとっての対人援助職がそうなので、これからもいろんな思いを抱えながら苦しみ続けなきゃなあって思いました。
そういえば、みゆきさんのお歌の中に「泥海の中から」って曲があったな。結局、生きることなんて泥の海の中でもがき続けるようなものなんだろうな。
それと、大切な人たちをわたしは全然大切にできずにここまで来てしまった罪悪感はまだ消えないし、消してはいけないんだけど、その感じに今でもまだ囚われているのはやっぱり適切ではないな、とか。
この苦くて重い感じはそれでもわたしのものだから、そろそろ覚悟決めてこれを抱えながら前に進もうとしないといけないんだと思うんです。

M2の先輩方が「M1の夏は忙しいし抑うつ的にもなる」って言っていたのがここに来てようやく分かるという。
でももう後期が始まっちゃって、M1もそろそろケース持ったり将来のこととか考えなきゃいけなくなったりするから、腹を括らざるをえないよね。院生だろうが教授だろうが、悩みを抱えていようがいまいが、相談室に来る方にとってはセラピストはセラピストだから。

きっとM2になったらもっと大変なんだよ、たぶん。
とりあえず頑張ろ。

6年越しの夢


を叶えてまいりました。
DGS EXPO2016、1日目に参加してきましたよ。

DGSを聴き始めたのは高2のときだった気がするので、DGSの10年の歴史のうち6年をDear Girlとして過ごしたことになります。
だけど、途中で聴取できる環境が無くなったのでしばらく聴いてなかった期間があって、ようやく最近あんまり大声では言えない方法で全部聴いたところなのだけどね。
「4 Lovers Only」以来ずっとDGSのイベントには参加してみたいなーと思っていて、でもなかなか予定合わないし、お金もないし、そもそもチケット当たらないし(笑)、いつもラジオでイベントの録音聴いて「良いなー」と思い続けてきたのですが、今回まさかの当選を頂いたので嬉々として参加してきました。
わたし自身の話になるけど、後期からは忙しくなるしそれから先はもう社会人だし、こうやってイベントに参加できるのも今が最後かなと思っていたので、そのタイミングで大好きなDGSの10周年イベントが開催されたのも運命だったような気がしているのです。
あと、小野Dに会ったことなかったから、一度は会いたいっていう夢もありまして。

あ、もうネタバレ解禁なので何を言っても大丈夫だよね。
なにせ4時間もイベントやってたので全部話し始めると長くなるんですが、ほんと、10年分の歴史が詰まったイベントだったと思いました。そしてそのすべてのネタが分かったことが嬉しくて嬉しくて。
歌って踊る小野さんと神谷さんがかっこよくて可愛くてすごく素敵で、それと、イベント中のいろんな瞬間にお二人やスタッフさんたちの一体感が垣間見えて、そんなところに感動しっぱなしでした。
「さいたまスーパーナニーナで何やってんだ!(笑)」って感じの企画も多くて(ドリアンパレードとか、カミスタ再びとか)、そういう、「どうかしてる」ことを心から楽しめるスタッフさんやパーソナリティのお二人や、Dear Girls&Dear Boysが素敵だなって思いました。
個人的に一番笑ったのは、今まで事務所NGだった女装をフリーになった途端に解禁した小野さんのメンズメイド姿だったのだけど(笑)
小野さん、可愛い時とハンサムな時の振れ幅が大きくてほんと心臓に悪い。だいすき。
いやー、ほんと、Dear Girlやってて良かったなって心から思えたイベントでした。DGSという素敵なコンテンツに巡り合えたこと、大好きな小野Dを生で見ることができた感動で、イベントの最初と最後はほぼほぼ泣いていました(笑)
願わくば、DGSがこの先も15周年、20周年…と末永く続いていきますように。
ずっと応援しています。


久々に好きなもののことをブログに書くとテンションあがるよね。もう深夜の2時だわ。
そういえばこのブログ、最近はついったに書けなければ話せもしない鬱々としたことを吐き出す場に成り果てていたけど、もともと好きなことについて好き勝手書くために作ったんだった。まあ最近はわたしもこんなことがないと思考が内に籠っちゃうというのはあるのだけれど。
本当は遊んでばかりもいられなくて、ゼミの準備とか授業とか相談室のこととか色々やることいっぱいあるのだけど、元気をたくさんいただいたから、まだまだ頑張る。
うん、頑張れる。
応援中!
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