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ぴっちょ@クズ野郎

Author:ぴっちょ@クズ野郎

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今 逢いたい あなたに

  聞いて欲しいこと たくさんある

今度ゼミの人たちとカラオケ行くことになったんだけど、わたしパンピーとのカラオケで歌える曲のレパートリーがあんまり無いので学部の時のゼミ同期に相談したら、声合うと思う!ってMISIAを勧めてもらったのね。
で、最近もっぱらMISIAばっかり聴いてたんだけど、「逢いたくていま」を聴く度に泣きそうになる涙腺の弱さね・・・

あ、修士課程の修了要件満たしました!
修論の口頭諮問が不安で不安で、始まる直前に指導教官に「緊張してるでしょ(笑)」って言われるくらいガッチガチだったんだけど、どうにか先生方からの質問にも食い下がってお答えできたし、指導教官から「うちのゼミ生はみんな高評価で合格です(本当ですよ)」ってメールもきたことだし、うん、辛かったけどなんとかやりきりました。
一番肝心のフィードバックが終わってないから、終わった感じはまだ無いのですけれども。もうひとがんばり、踏ん張るぞ。

それで、どうにか、ようやく、就職も決まりました。就活辛かった・・・いや多分これからのほうが辛い・・・
今までやってきたこととは全く別の領域で心理士をやることになって、なんていうか、知識や技能の至らなさはわたし自身が一番よく分かってるし、こんなんで本当に内定もらって良かったのかなとかきちんとお仕事としてやっていけるのかなとか資格取れなかったら失職するよなあとか、色んなことが不安になってしまっている現状です。でも、指導教官に報告したら「良いと思いますよ、頑張って」って言ってもらえてすごく嬉しかったので、やらないといけないことを着実に積み重ねて、頑張っていこうと思います。職場適応と、公認心理士と臨床心理士のダブル合格が来年度の目標です。
地元に戻るつもりでいたけど、いや、地元なんだけど、実家からは少し離れた地元に行くことになりました。またレオパレスのお世話になるのである(笑)
それでも、サポート源になり得る人や物は割と多い場所なのかな・・・連絡不精だから愛想尽かされているかもしれないな・・・
住み心地はよく知らない土地だけど、良いところがいっぱいあって穏やかな雰囲気が漂っているのが好きなので、そこで働くことができるようになるのは嬉しい。

色んな意味で、ひとりでも生きられるようになる、というのがしばらく先までの自分自身の課題かなと思っているのだけど、環境の変わり目になってくるとそれが重く感じられるようになるね。とりあえずは、ちゃんと生きます。
ご飯食べられて、お歌が歌えて、車運転することができて、ハンドメイドすることができれば、わたしわりと何とかなるタイプなので、うん、なんとかなるよ。絶対大丈夫だよ。

軽い気持ちでFGO始めたらロビンフッド沼と新シン沼に落ちたこととか、ラスアンのロビンさん回観て大号泣したこととか、満を持してEXTRAとEXTRA-CCCを始めようとしていることとか、心が忙しなく移ろってはいるのだけど、これ書き始めたら長くなりそうだからとりあえず自重しますわ・・・

いろんなこと

覚悟できていたとはいえ、本当に逝ってしまったんだと思うと、こみ上げてくるものがありますね。
式に来てくださったご住職の言葉に心から救われたんだけど、大往生だったからといって喪ってさびしい気持ちが小さくなるわけではないし、さびしくて悲しい気持ちを「大往生だったね」って言葉で無理に抑えようとしなくていいんだと。
小学生時代、いつも学校から帰るとお迎えしてくれて、こねつけやニラせんべい作って一緒に食べてくれて、幼いわたしのお世辞にも上手くはない歌を聴いて手を叩いてくれて、マムシ指で不格好な手の親指を「すごく器用な人の手なんだよ、神様からの贈り物なんだよ」って褒めてくれて、そんなことたちが今のわたしのけっこうな大部分を形作ってるのかなって思うんです。
やっぱりそれを喪ってから気づくっていうのが、なんていうか、生きている人間の罪深いところだなあと思うけど、今気づいたぶん、これから周りの人に優しくなれるように努めていくのが残された人間の責務なんだろう。
きっと今頃は、一足先に向こうに行った愛犬や、向こうで待っているたくさんの人たちと楽しい時間を過ごせていると思います。
まだもう少しだけさびしくてたまらないけど、ひいおばあちゃん、ありがとう。安らかに。
ひいおばあちゃんみたいに歳を重ねたいものです。

今回こういうことがあって、泣き虫だから、ここ一週間くらいはこっそり泣いてばっかりとかで、フロイト先生のおっしゃる喪の作業ってすごい大変だな!って思ったりもしたんですけど。
ひいおばあちゃんに生かされているなあと思いながら、わたしも同じようにわたしの大切な人が健やかに幸せにいてくれるように願い続けていたいと思ったんです。ひいおばあちゃんとの別れがあったから、今のわたしにとっては大切な人たちが健やかに生きていてくれることそのものが大きな救いであり喜びなんだなって腑に落ちたのね。
どんなに頑張ってもわたしはわたしだし、他人は他人で、わたしのそういう変にマイペースなところが災いしていろんな別れがあったんだろうなって思うんだけど、でも、どんなに遠く別れたとしても確かに大切なことに変わりはなくて、今生きているあなたたちにわたしが願えることがあるなら、今あなたがいるその場所で健やかに幸せに生きて、笑っていてほしいと思ったの。

喪うものがあったから気づきがあって、自分に向けられていた願いの大きさがあったからわたしも他人を願える人間になりたいと思えて、そんなことを抱えながらまた前へ歩みを進めていかなければなりませんね。
でも、さびしさに足を止められる時間が少しだけだけどあったこと、本当に良かったなと思います。

さて、院生に戻ろう。

扁桃腺腫れてる

めっっっっっっっちゃ、のど痛い。
ゼミの同期からのど風邪もらっちゃったかなあ…いやだわ……
あー、ほんと、いろいろやんなきゃな気がするけど、身体が重いわ。

先日母校の定期演奏会に行かせていただいて、その帰りに就職した同期とお話ししていたんだけど、「月曜からまたひとりぼっちの生活だあ」って言い合っていたのが、今から思うとなかなか意味深だったなあと思ってね。
少なくともわたしは、院生生活の場に戻ってきても一緒に勉強している人たちはいて、わりと同世代だから話だってできないわけじゃなくて、それでもわたしはこっちでの生活を「ひとりぼっち」だと考えているのだなあと。まあ、院生生活なんてそんなもんかもしれん。
合唱を10年続けていたわけだけど、その中でも高校生だったときがいちばん合唱にがむしゃらになれていたし、今の専攻を目指そうと決めたのだって高校の班活の人間関係がきっかけだったわけだし、いろんな意味で高校の合唱班は大切な場所なんだよね。
学部の時だって頑張ってなかったわけじゃないけど、なんていうか、純粋に合唱を好きでいられたかというとちょっと後ろめたい気持ちがあるわよね。まああそこは、団体に対する愛着はあんまりなかったし、あそこにいた数少ない大切な人々への郷愁と言った方が近いかもなあ。
いろんな人の近況聞けて、それは本当に嬉しかったんだよね。それぞれが今頑張ってたり元気にやってる様子を聞くのすごく嬉しくて、同じくらい切なくて、わたしも頑張ろっかなってなったし。
わたしの大切な人がそれぞれの場所で、健やかに、幸せにいられますように。それが今の気持ちです。

扁桃腺腫れてるのは、やっぱりアルコール飲んでも良くならんなあ~~~~!!!
無駄に酔って気分良くなってよう分からん更新しただけじゃん。恥ずかしい。

明日ゼミ発表だし明後日GSV出さなきゃなのに、これ喉風邪だったらやばいぞ。
とりあえず寝よう…

えむに

に、なれたのは良いんですが、修論ケース就活その他諸々、ほんと、キャパオーバーなんだわ(笑)
いや、そんな泣き言を言っている場合ではないんだけどね。がんばらなくちゃいけない。
でも、頑張らなくちゃって言ってるときってあんまり具体的なイメージができてないことが多くて、今「がんばらなくちゃ」って打ち込みながら、けっきょく何をどう頑張るんだ・・・って思っていたりもします。
まあ、そもそも、具体的に頑張ってるときはブログの更新なんかしないんだけど(笑)

別に自己理解を深めるために今の院生生活してるわけじゃないから、目の前の人を理解するために自分がどう在るべきなのかって考えたりするんだけど、でもなんていうか、わたしも大概自己注目が激しいので、そういうの考え出すとだんだん自分の内面にはまり込んでしまって結局一ミリも進んでないじゃん・・・ってことがあるわけです。
心理職とか対人援助職を志している自分を考えることは無駄ではないと思うけど、それに気を取られて目の前にいる援助の対象をおざなりにしちゃ本末転倒だよね。目の前にいる人のことを考えているようで、その人に投影された自分を見ているときだって少なくないし、臨床家を目指す者として、そういうところには敏感に自覚できるようにならなくちゃなあって思いました。
・・・うーん、これも言うだけなら簡単なんだけどね。
どんな職種でも言えることだと思うけど、分かってたってやれなくちゃ意味がないんですよね。そしてそのために、自分がやれてるのかっていう客観的な評価を自分自身でできることが大事なんだと思うんだ。
自己卑下とか自己高揚とかそういう、自分を歪める自己意識に惑わされずに自分を見つめることは、本当に難しいし、つらい。
つらいけど、そのつらさの波の中を漂いながら生きていくことも対人援助職を志す自分の業なんだと思うから、なんていうか、そこは甘んじて受け止めていこう。うん。

気晴らしというか、心の慰めに最近ハンドメイドに傾倒していて、指導教員の先生には「セルフ作業療法」とか言われたけど(笑)、新しい技術や道具を手に入れるたびに自分の心を色々な形で的確に表現できる気がして、ほんとうに楽しい。いつか退職して隠居老人になったら、近所の公民館でハンドメイドを教える人になりたいです。働き口すら見つかってないけど(笑)
あと、去年のこのくらいの時期に苔のテラリウムをお迎えして育て始めてからというもの、植物と暮らすことにも夢が膨らんでいます。もっと日当たりが良くて風通しの良い場所に住めたらサボテンや多肉植物を育てるのも良いなあって思うし、いつかお庭がある家に住めたら花壇作ってバラとかハーブとか育ててイングリッシュガーデンみたいなお庭を目指したいなとも思うし。
趣味に関する夢は膨らむばかりなので、それをかなえるために心理学の方もちゃんと頑張らなきゃね。わたしは間違っても心理学が趣味だなんて言えなさそうなので。

そういえば、いちど距離を置けば気持ちも離れるかなあ、と思ったけど、戻るかどうかはともかく、やっぱり好きなものは好きなままだったんです。合唱の話ね。
合唱に限らずだけど、好きであるということ自体は別に誰に気兼ねするものではないし、好きだからといって近づいたり手に入れたりということが結びつくわけではないし、他人様に迷惑かけてるわけじゃないんだから、好きという気持ちくらいは自分の中で自由にさせてあげようって思ったわけだわ。
そんな単純なことに気づくまでに時間がかかりすぎたのだけれど、少しは心が軽くなったかな。
物事を好きな気持ちと人を好きな気持ちはまたちょっとニュアンスが違うんだけど、それを言語化して直面してしまったら今のわたしでは耐えきれなくなってしまいそうなので、今はまだモヤモヤのままにしておきます。
モヤモヤにしたままだから、嫌な気持ちにさせてしまっていることもあるんだろうけど。まあそれは、いずれ。うん。

夢でもいいから 嘘でもいいから

どうぞふりむいて どうぞ気がついて

あの人におくる愛に比べたら
ほんの捨てるほどの愛でいいから


文字通りひとりきりで誕生日を過ごしたのが学部1年の時以来だったのと、身体のリズムのせいで(笑)体調悪いのと、そのせいで情緒が安定していないのとで、なんか色々考える日だったわ。
家族はそりゃあ何も言わなくたって家族だから誕生日覚えててくれて連絡もくれたけど、そうじゃないのにわたしの誕生日わざわざ覚えていてくれて、その上「おめでとう」って言ってくれる友達がわたしにもいてくれるんだなあって思って、それは純粋にすごく嬉しかったのです。
わたしが大切に思っている人がわたしにも同じように関心を持っていてくれているんだなっていう嬉しさだし、安心感なんだけどね。
そろそろ年を重ねることが嬉しくなくなるお年頃だけど、誕生日を祝いたいとか祝って欲しいって思う気持ちはそういうところに起因しているのかもなと思いました。
以前、わたしが大切に思っていたとある人に対して誕生日くらい覚えていて欲しかったなって思ったことがあったんだけど、きっとあれも今になって思えば「わたしにもうちょっと関心持ってよ」って言いたかったんだ、本当は。
今更気づくなんてばかだなあ。しかもそれに気づいたからといって今更言えるわけないし、当時も言えなかったと思うんだけどな。
わかることとできることは違うんだよ。それと、できなかったことは後から振り返るとやらなかったことになるんだ。
うん、まあ、誕生日には嬉しい思い出も苦い思い出もいろいろあるということです。
昔みたいに、純粋にどちらかの感情に振り切れることなくなったなあ。昔は気づけていなかっただけかもしれないけど、最近はいつもアンビバレントな感情が裏表になっていて、ひとつの出来事に対していろいろな感情を経験しているなってすごく思う。
これが年を重ねるということなのか・・・?うーん、単に大学院に入学してからそういうことに考えが及ぶようになっただけかもしれないし、分からないな(笑)

さて、誕生日はともかく、3月に入ってしまったので来年度に向けていろいろとやらんくちゃなるまい。
英語論文読むの嫌すぎて後回しにしてきてしまったのだけど、いい加減英語読まなきゃだなあ。うああ。
4月以降学会とか研修会で新潟市に行く予定がすでに何個か入っちゃったから、お金も貯めないといけない。がんばる。

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